ひまわりの家スタッフ・家族

証言! わたなべ哲久はこんなやつ 全国からの応援メッセージ

美馬泰子さん(ひまわりの家利用者家族)

渡辺哲久ってやつは
一言で言うと 熱いやつ
二言で言うと 弱い者も味方
三言で言うと 正義の味方

◎自立支援法
美馬泰子さん

自立支援法という悪法が提案された時、渡辺哲久は、顔を真っ赤にして大噴火。
先頭に立って抗議活動を開始しました。
東京の厚生労働省の前でシュプレヒコール!
国会議事堂前をデモ行進。みんなも一丸となって頑張り、そのかいあって去年、廃止されることになりました。
私達も初めての経験でしたが、”悪いことは悪い”とはっきり言って行動に示すという人間として大事な勇気を彼に教えて頂きました。

◎海外旅行

海外旅行に行くという事は、バリアフリーのホテル、道、何かあった時の病院の確保、食べ物やスケジュール等々の条件が難題で、まして障害者施設か らの皆一緒の海外旅行というのは皆無に等しいんです。
何かあったら責任問題になるんで、普通は、なかなか連れてってもらえない。
ところが渡辺哲久ってやつは「僕が責任持つから行きたい人はみんな一緒に行こう」って。
グリーンコリアの交流もあって韓国旅行実現しちゃいました。
ほとんど人が初海外。その時の皆のギラギラ輝いた目を私は忘れられません。

親としていろいろな体験をさせてもらって本当に感謝感謝です。
彼に会うと、なぜだかいっぱい元気をもらいます。
障害者でもやりたい事はする。行きたいところへ行く。そういう人間らしい生き方を、彼はめいっぱい応援してくれます。
そういう熱い男です。

三宅町の歯車の一つに加えて頂ければ、、熱い男は”明るく元気な町づくり”を実行してくれるのではないかと思います。

貝谷容子さん(桜井市、NPOあるふぁ、ひまわりの家利用者家族)

1.特別支援学校の地域別懇談会にて

初対面から、今まで会ったことのない人という印象を受けました。
物腰は柔和で話やすい人、どんな人の話にも真剣に聞くという姿勢が感じられ、
また、私はやりますと言い切られことに(今までの福祉行政・福祉関係 者は言い訳ばかりでした)驚きました。
ここまで、やりますと言われるには、よほどの自信か? 現状を知らないのか?
この方て、どんな経歴なんだろう?
謎ですが、とっても印象に残りました。
相談や悩みを話すと、今までの回答とは違う答えが返ってくる。
て、これは動物的感で感じました。

2.頼りになるなあと感じた瞬間

縁があり、渡辺氏の下で働くことになり、障害者の権利、自分で選んだこと、決めたことサポートする、サポートするということは、言うは安し行なうは難しい。
間違いもあるし、危険もあるし、今までの人生観では、納得できない場合もある。
でも、自ら選んだ道なら、がんばれる、障害者だって自分が選んだことに責任がある。
絶対にぶれない渡辺氏の思想が支えになりました。

3.歴史上の人物に例えると

強いものには強く、弱いものにはやさしい
きれいな人 (顔・こころ) が好きで、けっこうこだわりも強い
生き方が不器用で、はらはらするけど
みんなに愛される人
みんなのために一生懸命動ける、また動きたい人
誰なんでしょうね、思いつきません。

村山貴美恵さん(葛城市、NPOあるふぁ、ひまわりの家スタッフ)

1,今までで一番印象に残ってる思い出

かれこれ、八年ほど、一緒に仕事させてもらってますが、こちらが失敗して本当にへこたれているときは、優しいけど、じゃないときは、結構、怒る。
でも、自由にさせてくれるし、責任は、とってくれるし、私は、とても働きやすい、好きな上司ですね。

2,頼りになるなあと感じた瞬間

知識欲が旺盛なところや法律に強く、戦う相手が強ければ,逆に闘志を燃やすところは、凄く頼りに感じますね。

3歴史上の人物に例えると

わかんないですが、渡辺哲久氏は、しんどい子どもを抱える母ちゃんたちの羅針盤です。歴史上の人物になれる人。

石井 智江子(ひまわりの家 利用者家族)

普通のオジサンではありません。三宅町内よりも奈良県、全国レベルの福祉・行政関係者には名前が知られています。穏やかなものごしの中に熱いハー トの持ち主です。地位や名誉、金銭にはまったく執着がありません。なので権力にも屈しません。目の前に立ちはだかる壁が高く大きいほどその闘志を 燃やす正義の人です。そして決して偉そうにしません。難しい話も私たちにわかりやすいように話してくれます。ものを見る視点にきらりと光るものが あります。絡まった糸をひとつずつほどいて今やるべきことを見極め、先を見通し、行動できます。

どんな状況であっても常に楽しむことを考えます。 純粋な少年のような心をもった人です。この人柄・手腕・行動力を三宅町の未来のための改革に今、使わない手はありません。

中嶌さんという知的障害の男性がいました。持ち前のガッツとチャレンジ精神でこれまでの苦難の人生を歩んで来られ、ひまわりの家に来ました。渡辺さんは話すことが苦手な中嶌さんに寄り添って短いけれど、本当の心の言葉を引き出します。悲しいことですが、若くしてガンという病に倒れた中嶌さんは最後は病院よりも住み慣れたなかまのいるグループホームに帰りたいと望まれました。ひまわりの家では支援体制を作って支えました。地域のたくさんの方達にも助けていただきました。大好きな阪神タイガースの試合観戦にも仲間と出かけました。中嶌さんは人生を「かかとで踏ん張った。」とい
う彼らしい言葉を残しました。最後はたくさんの人に見守られながら中嶌さんの頬にひとすじの涙が流れ落ち、そして天国に旅立っていかれました。

障害を持つ中嶌さんにとってグループホームが終の棲家になりました。ひまわりの家をはじめ、支えた地域の人達の胸には、それを実現させることがで きた安堵感と、大切な数多くのことを教えてくれた中嶌さんに対する感謝の気持ちがさわやかな風となって心に染みました。

三角隆子(生駒市在住、ひまわりの家利用者家族)

三宅町にあります、障がい者の通所授産施設 ひまわりの家に私どもの娘も高校卒業後六年間お世話になり、現在病院の厨房で働き五年目となります。
その社会へのステップアップとして、障がい者雇用の為の学校への門戸を開き、就職と言う道を開いて頂いたのが、ひまわりの家の渡辺所長でありました。

障がい者だけではなく、弱者に優しい。いずれ私達もそして赤ちゃんでさえ年老いて弱者となるのです。弱者に手を差し伸べる行政こそがまずは住み
よい町を作るのではないでしょうか。 渡辺さんは信念ポリシーを持った人間だと私どもは思っております。
三宅町のなめ、私利私欲に走る事なく、やって下さる人間だと私どもは思っております。

大田裕庸さん拡大してご覧ください。

大田裕庸さんからのメッセージ

村山 政志さん(ひまわりの家職員)

村山 政志さん渡辺さんと出会って1ヶ月位すぎた頃だったと思いますが。
朝見た報道にすごく怒り覚え出社しました。ひまわりにつくと渡辺さんがいたので、おもわず、渡辺さんに怒りをぶちまけました。

すると渡辺さんは「村山さん、たとえ敵が千人いとも、自分が正しいと思ったならば、一直線に戦うことが大切だよ。まあ村山さんが正しいと思ったら 僕も手伝うからね。」と言われました。
それから、渡辺さんは僕がやりたいことは全て任せてもらいました。

石井恵さん(元ひまわりの家職員)

●ぶれない人

生きてると、いろんなことに振り回されたり、自分の本意じゃないことを無理してやっていたりこんな風になりたかったんじゃなかったのに…って思うことが多い中、わたなべ哲久さんは、とてもシンプルに大切なことを見つめて歩んでいます

物事の要は何か?を見極めることが大切だ

これは幾度となく、壁にぶち当たった時に聞かされた言葉です

【どの人も住み慣れた場所で、生き生き暮らす】を言葉に・実践につなげている、信念強い人です

●くじけない人

目指すことを実現するのは非常に難しい
苦しいこと、うまくいかないこともたくさんある!
でも、それを出しあうことから始めます

衝突、意見の違いがあっても、そのこと自体を否定したり、責めるのではなく、
【打開のヒントがある】と受け止めます

年齢や立場に関係なく、どの人の意見も平等に聞き、

【どうやったら、よりよい方向にいけるか】の発想転換☆

驚くようなアイデアや、バラバラだったものを結びつけるひらめきを生み出すことができます
とことん最後まであきらめない!

逆風吹き荒れて大ピンチでも、今こそ、もう一歩

胸に秘めたる思いと、周りの人の声に耳を傾けながら、そうやって進んでいける人であると思います

喜多学志さん(ひまわりの家職員)

出会いという偶然。。。いつの間にやら必然!!

実は、私が渡辺さんの事を初めて知ったのは、10年近く前の奈良県のとある研修会でした。
「こんな人がいるんだなあ!」というのが第一印象で、そ の時は直接会話を交わすこともなく、ただ一方的に僕が知っているだけでした。
渡辺さんはそのことは当然知らないと思います。

それから何年か経ち、僕が奈良県南部の障がい者の相談支援(圏域マネージャー)の仕事に就いた時でした。
奈良県のケアマネジメント推進委員会という会議に呼ばれて、障がい者の相談支援をどうしていくかという議論になっていて、圏域マネージャーになった僕は、正直途方に暮れていました。
それ は、奈良県南部という山間僻地で、何をどうやっていけばいいのか分からず、ただ役割だけを与えられ、重責を背負っていたからです。

そんな僕に、渡辺さんは、「これからよろしく!」と気軽に話かけてこられ、「俺が南部の担当をしていて、東南海地震障害者救援ネットワーク事業と いうのをやるから、まああれこれ考えずにとにかく一緒に十津川村に行こうよ!」と、声をかけてもらったのが、渡辺さんとの本当の出会いです。

あの 時の出来事は、僕の中では、今でも脳裏にしっかりと焼き付いている光景なのです。
「なんか分からんけど、とにかくこの人について行ってみよう」と 感じられた瞬間でした。それから、何度も一緒に十津川村へ行きました。
渡辺さんは、何のゆかりもない十津川村の方たちの中に入っていき、とても重 い障がいがある子どもさんとその家族に、「俺に任せろ、誰にでもちゃんと地域で生き続ける権利はあるんだ!」という強い信念のもと、勇気を与え続 けました。

最初は何にもできず、「なんにも出来ないなら、とにかくいっぱい話をして、みんなで元気でいればなんとかなるよ!」と言い、高笑いを浮かべながら 始まった支援でしたが、その後はしっかりと根付き始めました。
そして、コペルニクス的転回で、地域変革をも進めていく結果となりました。
十津川村 に通い、温泉に入った時に、たまたま一緒に行っていた僕の息子の身体を洗ってくれたこともありました。

渡辺さんには、「どんな困難な状況でも、あきらめないことで、変わることもある!」という自然の摂理を、身を挺して教えていただいた気がします。
僕は、その当時は別のところで働いていましたが、「自分がやりたいことができる環境はとても大事なんだ。
一緒にひまわりでやらないか!」と、あの 時と同じような感覚で声をかけて下さり、縁あって今は一緒に仕事をさせてもらっています。

人のハートの真ん中を掴み、気づかないうちに虜にしてしまう人柄は、本当に冥利に尽きると思います。それは、私利私欲がまったくない渡辺さんだか ら成し遂げることが出来るのだろうと。。。

渡辺さんなら、地縁も血縁もない地域でも、心温かな空気や、あちこちで情緒が溢れるいい町にしてくれることと思います。
三宅町を、誰もがつなが り、支え合い生きていける「¨知縁¨の豊かな町」にしていって欲しいと願います!

アンパンマン(ひまわりの家利用者)

かつ ファイト

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